自己啓発書にはしばしば、「5年先、10年先の目標を明確にし、それを口にすることが成功への近道だ」と書かれている。しかし、私の人生は、2年先、3年先ですら自分がどこで何をしているのか全く想像できない出来事の連続だった。日本での大学進学を諦め、当時夢中になって観ていたアメリカのドラマに感化されて渡米した。8年近くかけて建築学部を卒業し、紆余曲折の末、OMAニューヨーク事務所で働くことになったのは30歳のとき。まさかその後、自分がこれほど木造建築に携わるようになるとは、当時の私には想像すらできなかった。
37歳で田中と共に事務所を設立したものの、最初の3年間は鳴かず飛ばず。年に一度、小さな内装の仕事があるかないかという状況で、私はほとんどの時間を知り合いの設計事務所の手伝いやゼネコンでのアルバイトに費やしていた。設立から3年が経ち、心が折れかけていた頃、思いがけない縁から中国での大規模プロジェクトを獲得することになる。おかげで経営は軌道に乗り始めたが、その矢先にコロナ禍が訪れた。予定していた複数のプロジェクトは瞬く間に消え、人も時間も持て余す事態に陥った。そこで、以前から興味を抱いていたプロポーザルへの参加を決意する。もちろん、テレビドラマのように突然勝てるはずもない。しかし、2位や3位といった結果が続き、根気よく挑戦を続けた。やがて、パンデミックが始まった年の暮れから翌年にかけて、幸運にも立て続けに3つの自治体で仕事を受注することができた。この勝利が、私と木造建築の歩みを大きく転換させるきっかけとなった。
その一つが、高知県佐川町に位置する延べ1,800m²の木造平屋の道の駅である。運営者が未定だったため、レイアウトの自由度を高めるべく、極力柱を設けない大空間が求められた。これを一本の集成材も使わず、高知県産の一般製材の組み合わせだけで実現している。二つの切妻屋根と、それらを結ぶ柔らかくたわんだ屋根が雁行する建物に架かり、3種類の木造吊り構造――サスペントラス構造、カステン構造、張弦梁――が連なって成立している。このうち、たわんだ屋根を支えるカステン構造は、バックステイを必要としない世界初の木造吊り構造であり、その曲線が背景の法面を切り取り、訪れる人々が最初に目にする風景として出迎える。
まきのさんの道の駅 葉っぱのような張弦梁とカステン構造が連続する
©エスエス秋田広樹
もう一つのプロポーザルは、岡山県真庭市の道の駅に併設される蕎麦屋だった。真庭の産業・歴史・文化をふんだんに取り入れ、観光拠点ともなる店舗を提案。要項にCLT(直交集成板)の使用は求められていなかったが、地元に銘建工業という国内有数のCLTメーカーがあることから採用を決めた。ただし、設計期間が6か月未満という制約の中、垂直荷重を受ける壁材としてCLTを用いるのは難しかった。周辺を調査すると、豪雪地帯ゆえか、大工の流派によるものかは定かでないが、入母屋屋根の伝統家屋が多く点在していることに気づく。そこで、地域の伝統的屋根形式を、CLTという新しい技術で表現することにした。屋根裏の小屋組を不要とし、4枚のCLTパネルが寄り添うように自立する構成で、客席部分が115m²と小規模ながら開放感のある空間を実現している。
蒜山そばの館 CLTで入母屋を組んだ室内空間
©エスエス秋田広樹
蒜山そばの館 小屋組みがないためスッキリた印象を与える
©エスエス秋田広樹
その後も公共施設の設計に恵まれた。いずれも構造に地域産材を用いたものだが、単に木を使うのではなく、構造も地域の物語の一部になるように建築に組み込むことで、木の価値をより高めることを意識している。たとえば、2030年島根国体のカヌー競技施設となる艇庫では、カヌーの形や動きから着想を得た木造トラスを採用し、構造と意匠の一体化を図った。茨城県神栖市の息栖神社周辺拠点施設では、国指定重要文化財の住宅を参考に「せがい造り」を発展させた木構造を構築。栃木県鹿沼市の花木センター内に建設予定のイベントホールでは、地場産業である鹿沼組子を再解釈し、立体的に構成した組子のような木架構で大屋根を支える。
今年からは「木強の会」というワーキンググループにも参加している。木造に精通した6組の建築家が集まり、地域の木材と技術を用いた住宅や共同住宅を提案。地方移住や二拠点生活を促し、少子高齢化や地域産業の衰退に少しでも歯止めをかけようとする試みだ。私は鳥取出身で島根・岡山での仕事経験もあることから、中国地方を担当している。この地域は山が多く林業が盛んで、製材工場や特殊プレカット工場が集積している。そこで、中国地方の木材と技術を活かし、インフィルとインフラの概念を踏襲した木造平屋の共同住宅を提案している。インフラ部にあたる床は、高床形式を採用することで配管更新を容易にし、柱・梁は一般製材を組み合わせて構成。屋根は36mm厚のCLTとリブを組み合わせたパネルを梁間に落とし込み、面剛性を確保する。インフィル部は木ダボ接合積層材のDLTパネルを差し込んで居住空間を形成する。DLTは非構造体であるため容易に抜き差しすることができ、入居者の暮らしに合わせて空間の形態を変えながら、入居者に寄り添った建築になることを考えている。真庭の案件を除き、在来工法を中心に手がけてきた私たちにとって、これは初めてエンジニアリングウッドを本格採用した提案となる。
「木強の会」提案 生成AI画像にスケッチを描き込んだパース
©STUDIO YY
近年の木造技術の進歩は目覚ましい。独立した当時、木造で高層ビルが建てられる日が来るとは夢にも思わなかった。きっと2年、3年後には、今は想像もつかない新しい技術が登場しているだろう。そのとき、私はどこで、どのような建築をつくっているのだろうか――。
(中本剛志 / STUDIO YY)
中本剛志(なかもと・つよし)
1977年 鳥取県生まれ
2005年 カリフォルニア州工科大学サンルイスオビスポ校 建築環境学部建築学科 卒業
2005~2006年 Asymptote
2006~2007年 REX Architects
2007~2009年 OMA
2010~2014年 NAP建築設計事務所
2015年 STUDIO YY設立
田中裕一(たなか・ゆういち)
1982年 福島県生まれ
2006年 横浜国立大学 工学部建築学科卒業
2009年 横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA 修了
2009年 NL Architects
2009~2014年 NAP建築設計事務所
2015年 STUDIO YY設立
STUDIO YY
【アワード受賞歴】
2024 日事連建築賞 一般建築部門優秀賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2024 JID AWARD ゲスト審査員賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2024 木質利用推進コンクール審査委員会特別賞「蒜山そばの館」
2024 ウッドデザイン賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2024 グッドデザイン賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2023 ウッドデザイン賞国際博覧会担当大臣賞「蒜山そばの館」
2023 日本空間デザイン賞金賞「水道橋のオフィス」
2023 第30回しまね景観賞「美郷町サテライトオフィス」
2022 日本空間デザイン賞2022サステナブル空間賞 「美郷町サテライトオフィス」
2022 ウッドデザイン賞2022 「美郷町サテライトオフィス」
2021 第27回千葉県建築文化賞 優秀賞 「丘のこども園」
2020 ウッドデザイン賞2020 「丘のこども園」
2020 キッズデザインアワード2020 「丘のこども園」
2016 SD Review 2016 朝倉賞
【プロポーザル・コンペ】
2025 鹿沼市花木センターイベントスペース設計業務委託公募型プロポーザル 最優秀
2024 養父市関宮小さな拠点整備プロポーザル, 次点
2024 美郷町商業活性化賑わい創出事業プロポーザル, 最優秀
2024 まこと東幼稚園移転計画設計競技, 最優秀
2024 生駒市図書館リニューアル工事実施設計等委託業務プロポーザル,最終選考
2024 日和佐こども園新築工事プロポーザル,次点
2024 尾道市御調文化会館建設基本・実施設計業務委託公募型プロポーザル,最終選考
2023 瀬戸内市産業振興拠点施設整備基本設計業務プロポーザル,次点
2022 美郷町カヌー艇庫基本設計業務プロポーザル,最優秀
2022 息栖神社周辺拠点施設整備基本設計業務委託プロポーザル,最優秀
2021 佐川町新文化拠点(仮称)整備基本設計業務プロポーザル,最終選考
2021 新ふなのえこども園・成美地区公民館建設工事基本設計業務プロポーザル ,次点
2021 H-A駅前商業ビル招待コンペ ,次点
2021 新土佐清水市地場産品販売施設設計業務プロポーザル ,次点
2021 鳥取県道の駅北条公園建築基本設計業務プロポーザル ,3位
2021 真庭市そばの館整備設計業務プロポーザル ,最優秀
2020 まきのさんの道の駅・佐川 基本設計業務プロポーザル, 最優秀
2020 美郷町サテライトオフィス整備事業プロポーザル, 最優秀
2020 陸前高田市ピーカンナッツ産業振興施設プロポーザル,最終選考
2020 徳島県県営住宅新浜町団地建替事業「awaもくよんプロジェクト設計競技」,3位入賞
2020 池田町ハーブセンターガラス温室改修工事実施設計プロポーザル,次点
2019 魚専門学校設計コンペ, 次点
2019 まこと第二幼稚園設計競技, 最優秀