漂流の先にあった木 — 流転するキャリアと木造の物語

自己啓発書にはしばしば、「5年先、10年先の目標を明確にし、それを口にすることが成功への近道だ」と書かれている。しかし、私の人生は、2年先、3年先ですら自分がどこで何をしているのか全く想像できない出来事の連続だった。日本での大学進学を諦め、当時夢中になって観ていたアメリカのドラマに感化されて渡米した。8年近くかけて建築学部を卒業し、紆余曲折の末、OMAニューヨーク事務所で働くことになったのは30歳のとき。まさかその後、自分がこれほど木造建築に携わるようになるとは、当時の私には想像すらできなかった。

37歳で田中と共に事務所を設立したものの、最初の3年間は鳴かず飛ばず。年に一度、小さな内装の仕事があるかないかという状況で、私はほとんどの時間を知り合いの設計事務所の手伝いやゼネコンでのアルバイトに費やしていた。設立から3年が経ち、心が折れかけていた頃、思いがけない縁から中国での大規模プロジェクトを獲得することになる。おかげで経営は軌道に乗り始めたが、その矢先にコロナ禍が訪れた。予定していた複数のプロジェクトは瞬く間に消え、人も時間も持て余す事態に陥った。そこで、以前から興味を抱いていたプロポーザルへの参加を決意する。もちろん、テレビドラマのように突然勝てるはずもない。しかし、2位や3位といった結果が続き、根気よく挑戦を続けた。やがて、パンデミックが始まった年の暮れから翌年にかけて、幸運にも立て続けに3つの自治体で仕事を受注することができた。この勝利が、私と木造建築の歩みを大きく転換させるきっかけとなった。

その一つが、高知県佐川町に位置する延べ1,800m²の木造平屋の道の駅である。運営者が未定だったため、レイアウトの自由度を高めるべく、極力柱を設けない大空間が求められた。これを一本の集成材も使わず、高知県産の一般製材の組み合わせだけで実現している。二つの切妻屋根と、それらを結ぶ柔らかくたわんだ屋根が雁行する建物に架かり、3種類の木造吊り構造――サスペントラス構造、カステン構造、張弦梁――が連なって成立している。このうち、たわんだ屋根を支えるカステン構造は、バックステイを必要としない世界初の木造吊り構造であり、その曲線が背景の法面を切り取り、訪れる人々が最初に目にする風景として出迎える。


まきのさんの道の駅 葉っぱのような張弦梁とカステン構造が連続する
©エスエス秋田広樹

もう一つのプロポーザルは、岡山県真庭市の道の駅に併設される蕎麦屋だった。真庭の産業・歴史・文化をふんだんに取り入れ、観光拠点ともなる店舗を提案。要項にCLT(直交集成板)の使用は求められていなかったが、地元に銘建工業という国内有数のCLTメーカーがあることから採用を決めた。ただし、設計期間が6か月未満という制約の中、垂直荷重を受ける壁材としてCLTを用いるのは難しかった。周辺を調査すると、豪雪地帯ゆえか、大工の流派によるものかは定かでないが、入母屋屋根の伝統家屋が多く点在していることに気づく。そこで、地域の伝統的屋根形式を、CLTという新しい技術で表現することにした。屋根裏の小屋組を不要とし、4枚のCLTパネルが寄り添うように自立する構成で、客席部分が115m²と小規模ながら開放感のある空間を実現している。


蒜山そばの館 CLTで入母屋を組んだ室内空間
©エスエス秋田広樹


蒜山そばの館 小屋組みがないためスッキリた印象を与える
©エスエス秋田広樹

その後も公共施設の設計に恵まれた。いずれも構造に地域産材を用いたものだが、単に木を使うのではなく、構造も地域の物語の一部になるように建築に組み込むことで、木の価値をより高めることを意識している。たとえば、2030年島根国体のカヌー競技施設となる艇庫では、カヌーの形や動きから着想を得た木造トラスを採用し、構造と意匠の一体化を図った。茨城県神栖市の息栖神社周辺拠点施設では、国指定重要文化財の住宅を参考に「せがい造り」を発展させた木構造を構築。栃木県鹿沼市の花木センター内に建設予定のイベントホールでは、地場産業である鹿沼組子を再解釈し、立体的に構成した組子のような木架構で大屋根を支える。

今年からは「木強の会」というワーキンググループにも参加している。木造に精通した6組の建築家が集まり、地域の木材と技術を用いた住宅や共同住宅を提案。地方移住や二拠点生活を促し、少子高齢化や地域産業の衰退に少しでも歯止めをかけようとする試みだ。私は鳥取出身で島根・岡山での仕事経験もあることから、中国地方を担当している。この地域は山が多く林業が盛んで、製材工場や特殊プレカット工場が集積している。そこで、中国地方の木材と技術を活かし、インフィルとインフラの概念を踏襲した木造平屋の共同住宅を提案している。インフラ部にあたる床は、高床形式を採用することで配管更新を容易にし、柱・梁は一般製材を組み合わせて構成。屋根は36mm厚のCLTとリブを組み合わせたパネルを梁間に落とし込み、面剛性を確保する。インフィル部は木ダボ接合積層材のDLTパネルを差し込んで居住空間を形成する。DLTは非構造体であるため容易に抜き差しすることができ、入居者の暮らしに合わせて空間の形態を変えながら、入居者に寄り添った建築になることを考えている。真庭の案件を除き、在来工法を中心に手がけてきた私たちにとって、これは初めてエンジニアリングウッドを本格採用した提案となる。


「木強の会」提案 生成AI画像にスケッチを描き込んだパース
©STUDIO YY

近年の木造技術の進歩は目覚ましい。独立した当時、木造で高層ビルが建てられる日が来るとは夢にも思わなかった。きっと2年、3年後には、今は想像もつかない新しい技術が登場しているだろう。そのとき、私はどこで、どのような建築をつくっているのだろうか――。
(中本剛志 / STUDIO YY)

 


中本剛志(なかもと・つよし)
1977年 鳥取県生まれ
2005年 カリフォルニア州工科大学サンルイスオビスポ校 建築環境学部建築学科 卒業
2005~2006年 Asymptote
2006~2007年 REX Architects
2007~2009年 OMA
2010~2014年 NAP建築設計事務所
2015年 STUDIO YY設立


田中裕一(たなか・ゆういち)
1982年 福島県生まれ
2006年 横浜国立大学 工学部建築学科卒業
2009年 横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA 修了
2009年 NL Architects
2009~2014年 NAP建築設計事務所
2015年 STUDIO YY設立

STUDIO YY
【アワード受賞歴】
2024 日事連建築賞 一般建築部門優秀賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2024 JID AWARD ゲスト審査員賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2024 木質利用推進コンクール審査委員会特別賞「蒜山そばの館」
2024 ウッドデザイン賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2024 グッドデザイン賞「まきのさんの道の駅・佐川」
2023 ウッドデザイン賞国際博覧会担当大臣賞「蒜山そばの館」
2023 日本空間デザイン賞金賞「水道橋のオフィス」
2023 第30回しまね景観賞「美郷町サテライトオフィス」
2022 日本空間デザイン賞2022サステナブル空間賞 「美郷町サテライトオフィス」
2022 ウッドデザイン賞2022 「美郷町サテライトオフィス」
2021 第27回千葉県建築文化賞 優秀賞 「丘のこども園」
2020 ウッドデザイン賞2020 「丘のこども園」
2020 キッズデザインアワード2020 「丘のこども園」
2016 SD Review 2016 朝倉賞

【プロポーザル・コンペ】
2025 鹿沼市花木センターイベントスペース設計業務委託公募型プロポーザル 最優秀
2024 養父市関宮小さな拠点整備プロポーザル, 次点
2024 美郷町商業活性化賑わい創出事業プロポーザル, 最優秀
2024 まこと東幼稚園移転計画設計競技, 最優秀
2024 生駒市図書館リニューアル工事実施設計等委託業務プロポーザル,最終選考
2024 日和佐こども園新築工事プロポーザル,次点
2024 尾道市御調文化会館建設基本・実施設計業務委託公募型プロポーザル,最終選考
2023 瀬戸内市産業振興拠点施設整備基本設計業務プロポーザル,次点
2022 美郷町カヌー艇庫基本設計業務プロポーザル,最優秀
2022 息栖神社周辺拠点施設整備基本設計業務委託プロポーザル,最優秀
2021 佐川町新文化拠点(仮称)整備基本設計業務プロポーザル,最終選考
2021 新ふなのえこども園・成美地区公民館建設工事基本設計業務プロポーザル ,次点
2021 H-A駅前商業ビル招待コンペ ,次点
2021 新土佐清水市地場産品販売施設設計業務プロポーザル ,次点
2021 鳥取県道の駅北条公園建築基本設計業務プロポーザル ,3位
2021 真庭市そばの館整備設計業務プロポーザル ,最優秀
2020 まきのさんの道の駅・佐川 基本設計業務プロポーザル, 最優秀
2020 美郷町サテライトオフィス整備事業プロポーザル, 最優秀
2020 陸前高田市ピーカンナッツ産業振興施設プロポーザル,最終選考
2020 徳島県県営住宅新浜町団地建替事業「awaもくよんプロジェクト設計競技」,3位入賞
2020 池田町ハーブセンターガラス温室改修工事実施設計プロポーザル,次点
2019 魚専門学校設計コンペ, 次点
2019 まこと第二幼稚園設計競技, 最優秀

何をデザインするべきかをデザインする

朝方アトリエのスタッフと新しいプロジェクトについてZOOMで打ち合わせをして、今は地方案件の現場確認のために新幹線車中でこの原稿を書いている。長い移動なので、3〜4作品ほどはデザイン検討がデベロップできるだろう。この文章の他にもう一本締め切りを過ぎた原稿作業があるから、終わらずとも手はつけておきたい。そうだ現地に着く直前に、朝方のミーティングについてスタッフが作業した結果を確認するZOOMもある。
たぶん、建築家はみんな、ずっとそんな忙しい時間を過ごしている。
そこで、ふと車窓に目を向ける。次々に目に入ってくる都市は、あるいはそれを構成する建築群は、残念ながら決して美しいとは言えない。こんなに僕たちはデザインに時間を割いているのにも関わらず、だ。
デザイナーはみんな頑張っているんだけれど、この現実は何なんだろうと思う。問題はきっと、何をデザインするか、をデザインできていないことにある。発注されるプロジェクト、募集されるコンペティションやプロポーザル、それらに全力で取り組んでいる私たちではあっても「何をデザインするべきか?」について、頑張って考えているか?デザインしているか?ということだ。巨大だったり、時には国家的だったりもする困難なプロジェクトに対して、心身を削って頑張っているにも関わらず、頑張る対象を理性的にデザインできていないことから来る、建築事業や建築家への社会不信。それを頻繁に、そして身近にも感じることが多い昨今である。

前置きが長くなってしまったが、今回のStroog社とSYNEGIC社の企画「あったらいいことをデザインする」は、その意味で意義深いと考えている。さまざまに社会システムから要求される日常のプロジェクト群を一旦脇に置くというか、少しの間放っておく。そして世の中をぐるっと見渡して、何にデザインが足りていないか?をフラットな眼差しで観察し「あったらいいこと」を探してみるわけだ。
それはもうたくさんのお題がゴロゴロと転がっていることに、すぐに気づくわけだが、僕が今回取り上げるのは、住宅地の道路沿いにばらばらと並んでいる駐車場の簡易な屋根群、いわゆる「カーポート」である。その用途から必然的に宅地の道路側に寄せられているから、街並みを形成する重要な景観要素になるにも関わらず、これがキチンとデザインされていない。しかも宅地の道路沿いの部分は、街と住民を関係づける重要なインターフェースであるはずなのに、そんな考えは微塵も見えてこない。こんなカーポートをデザインの対象とし社会実装する(←ここ大事!)ことで、世の中(今回は住宅地)はグッと豊かな環境に変化するんじゃないだろうか。

というわけで、今回の「あったらいいな」は「カーポート」である。
宅地内、道路境界線に沿って、伝統的な〇〇造り家屋のように、ゲート状の工作物を設置する。このゲートの中には必要な駐車台数(最大5台)と、「離れ」としての機能を持つ小さな空間が配される。車がない時には庇下のコモンスペースとなって街に供され、小さな空間はたとえば趣味の音楽室やアトリエ、お母さんが主催する教室やネイルサロンとなって街の人たちの日常的な居場所になっていくだろう。コロナ以降定着したリモートワークの空間としてもいい。人がいて交流し、楽しんでいる様子が、街並みをつくる通りのファサードになるわけである。
そしてこれを近年話題のエコロジカルな新しい木材CLT(Closs Luminated Timber)板と一般流通製材のハイブリッドで作ることにした。CLTを補助的に用いることで最大5台の大きな間口を実現可能にするだけでなく、間伐材を含めた無駄なく森林資源を活用できるCLTは林業を持続可能にし、その結果、山地の環境を保全し、水資源や河川、これにつながる海洋に至るまで環境を連鎖的に改善する期待の材料である。さらに木材はCO2ストレージとして機能するので、地球温暖化の改善に直接的に寄与もする。また温かみがあり、建設後も人が手を加えられる木材で作ることで、住人をはじめ街の方々の参与もしやすくなるだろう。木で作ることで「みんなの居場所」となるわけだ。

この「あったらいいな」プロジェクトの第一弾を実現するパートナーは、木造大空間を実現する先進的ジョイントメーカーStroog社である。Stroog社はその本社を私たちが手掛けさせていただいていてご縁があるが、大規模都市木造を実現し、さらに普及させることで、先に述べたような地球環境の改善までを見据えている、国内エコ・コンシャス企業のリーダー的存在である。
資源のないこの国で、木材は唯一と言っていいほどの、国内供給可能な資源と言っていいだろう。Stroog社代表の大倉兄弟と話していると、この木材という資源で世界中に輸出可能な商品を作ることも見据えていることが分かる。優れたデザインで、無駄なく木材が使え、運搬効率も高いこの商品が世界中に供給されることで、環境改善効果はさらに高まっていくはずである。ここにも壮大な「あったらいいな」がある。

さて、そろそろ到着の時間だ。
社会から要請を「受けて」する仕事に加えて、作り手から「発する」仕事を始めてみようと思う。何をデザインするべきか?そこをデザインすることで、住宅地の風景から、夏場の気温まで、目の前の世界はきっと変わっていくはずだ。

豊かな未来の世界にグリップする仕事を頑張るのは、きっと愉快なことだろう。

(原田真宏/MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO主宰建築家・芝浦工業大学建築学部教授)

 


原⽥ 真宏 Masahiro Harada

[学歴・職歴]
1973      静岡県⽣まれ
1997      芝浦⼯業⼤学⼤学院建設⼯学専攻修了
1997-2000   隈研吾建築都市設計事務所
2001-2002   ⽂化庁芸術家海外派遣研修員制度を受け、ホセ・アントニオ&エリアス・
トレースアーキテクツ( バルセロナに所属)
2003      磯崎新アトリエ
2004      原⽥ ⿇⿂と共に MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO 設⽴
2008      芝浦⼯業⼤学 准教授
2016-       芝浦⼯業⼤学 教授


原田 麻魚 Mao Harada

[学歴・職歴]
1976      神奈川県生まれ
1999      芝浦工業大学建築学科卒業
2000      建築都市ワークショップ
2004      原田真宏と共に MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO 設立
2013 – 2014   東北大学工学部非常勤講師
2019 – 2021   東京大学工学部非常勤講師
2022 -      東京理科大学 工学研究科 建築学専攻 非常勤講師
2022 -      早稲田大学 建築学科 非常勤講師
2023 -      名古屋工業大学 非常勤講師
2023 -      東京大学農学部非常勤講師

MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

[受賞歴]
2003      SD Review2003 ⿅島賞
2008/2009/    AR Awards
2011/2015
2009      Design Vanguard 2009 ARCHITECTURAL RECORD TOP 10
Architects in the World (USA)
2010      RECORD HOUSES 2010 Architectural Records(USA)
2010/2014   LEAF AWARDS
2014      富⼠⼭世界遺産センター(仮称)公募型プロポーザル:優秀者(⼆等)
2015      第26回 JIA新⼈賞
2015      第25回AACA賞第14 回芦原義信賞
2017/2018   ⽇本建築学会 作品選奨
2018      JIA⽇本建築⼤賞
2018      第59回 BCS 賞受賞「道の駅ましこ」
2020      ⽇本建築学会賞(作品)「道の駅ましこ」
2021      第62回 BCS 賞受賞「知⽴の寺⼦屋」
2022      第31回AACA賞 優秀賞「A&A LIAM FUJI」
2023      JIA優秀建築賞「Entô」
2024      第64回 BCS賞受賞「Entô」
2024      第34回AACA賞2024 優秀賞「ROOFLAG」

建築の既成概念を取り払って考えよう

私は元々大学で木材や木構造の基礎研究に取り組んできた流れで構造設計に携わるようになり現在に至る。この間はちょうど木造建築産業を取り囲む状況が世の中の潮流に相まって劇的に変化を遂げてきた時期であり、私は偶然にもその過程を間近で見てきたと思う。このようなバックグラウンドをもつ自分のような人間の視点から、まだ世の中にない「あったらいいな」を考えてみたいと思う。

近年まで住宅を主戦場にしていた木造建築が、多種多様な建築へ用途を拡大する中で、鉄やコンクリートで作っていた建築の安易な置き換えとして木造を考えないことが重要なポイントだと思っている。木材は強度をはじめとする材料の特性が鉄やコンクリートとは全く異なる材料であるから、同じことを木でやろうとすれば、当然あちこちに上手くいかないことが出て来るはずである。木造で挑戦するのだから、建築とはこういうものだ、という既成概念をとっぱらって考えてみよう、といった思い切りが、これまでにない「こういうのいいな」を実現する可能性を秘めているように思う。

構造に関しても、自身が普段知らず知らずのうちにさまざまな既成概念にとらわれていることを自覚した上で、必要に応じてこれを取り除いて考えることができることは重要だと考えている。例えば構造設計者は建築の構造を考えるときに、普通は柱や梁、壁といった要素を組み合わせて構造体を構成しようと考える。これらの構造要素は先人たちが構造の中の力の流れを解き明かし、より明快で理に適った構造を追求する努力の積み重ねの結果たどり着いたものであるが、自然の作り出す造形に目をやれば、それらの構造はこのような人為的に明快な役割を与えられた要素ではおおよそでき上っていないものばかりであることがわかる。人工的な構造物が明快な力学状態を標榜して作られることの意義は十分理解しているし、仕組みの不明快な複雑で混沌とした構造を個人的にはあまり美しいとは思わない。言いたいことは、例えば柱と梁と壁で建物を作るということを前提とするのをやめてみても別の構造システムができる可能性もあるのではないか、というようなことである。これまでの歴史の積み重ねによって構築されてきた構造技術は言わば設計者が身に着ける型のようなもので、これから一歩踏み出す時には、この型を十分に体得した上で、これを再構築するようなプロセスが必要だと考える。ストローグ社屋は柱とも梁とも壁とも異なる、それらの役割を全て果たす名もなき1種類の構成要素から構造体が出来上がっている。


ストローグ社屋 CLTパネルによって組みあがった架構

新しく創造された構造システムが「あったらよい」ものとしての意義を得るためには、それが何らかの合理性を高めるものでなければならない。構造を考えるときは力学的な合理性以外に、経済性、建築空間との親和性等を総合して判断することになるが、架構を表現として見せることが比較的多い木造では、力学的な合理性だけでなく、建築空間との親和性に対する比重も大きい。できるだけ少ない構造材で架構を構成することが単に最適というわけではないのである。人類はアーチ構造、トラス構造、梁構造、シェル構造など、ある特徴的な応力状態を作り出す架構の形態に対して名前をつけてこれらを分類してきたが、実際にはこれらの架構形態同士の間には無限のグラデーションがあり、このどこかにその建築にとって本当に美しいと呼べる架構が存在していると思っている。接合が構造体の性能を支配する木造では、接合の合理性も重要である。シネジック社屋では立体トラスによる架構のうち、3次元的な角度で複雑に取りついてくる部材をパネルに置き換えることで、一箇所に集まってくる部材を減らしてビスによる単純な接合を可能とし、線材による立体トラスとはまた少し風合いの異なる特徴的な空間を作り出した。


シネジック社屋 集成材とCLTパネルによる立体架構

木造建築は高層化や大規模化にこれからも益々挑戦し続けるであろう。この過程の中で、これまでにない「こういうのいいな」がどんどん誕生するのではないかと期待される。

KMC/蒲池健

2007年 東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了
2007年-2013年 東京大学アジア生物資源環境研究センター 特任研究員を経て特任助教
2013年-2016年 株式会社 山田憲明構造設計事務所勤務
2016年-現在 KMC主宰

日本建築学会編 木質構造接合部設計マニュアル 共著
日本建築学会編 木質構造基礎理論 共著
日本建築学会編 木質構造部材・接合部の変形と破壊 共著
日本住宅木材技術センター 木造軸組工法中大規模建築物の許容応力度設計 共著

日本建築学会木造構造系委員会、日本住宅木材技術センター委員等を歴任

まだ世の中にない『あったらいい』木質建築の意匠と構造

【木造の豪華さについて】

木造は豪華である。
最近、建築の設計を通じてそう感じるようになってきた。

私たちは建築を考えるときに頭上の余白に注目し、建築の平面形式と呼応し空間性を高めるような天井の木架構を追求したいと考えている。それは架構が作り出す反復性の新しい到達点があるのではないかと考えているからだ。最近は建物を利用する方々から反復が作り出す木架構の姿に対して「美しい」という声を聞くことが多くなった。私たちとしては数学的な構造美を求めている訳ではないので予想外の反応であったが建築家としての追い求めるものと利用者が求めるものとの方向性が近くなったことを改めて大切にしたいと感じている。

この反復性について木は生物材料であるがゆえに内包する「ゆらぎ」がその反復に共感を呼んだのではないかと感じている。コンクリートや鉄骨が反復していてもこの共感性は少し違った感覚になってしまうのではないかと感じている。それはたんぽぽの花びらが並ぶ姿に美しさを感じる心の構造と似ているのかもしれない。木は生命的な共感をもたらす力を持った材料だと再認識している。

木を使った新しい技術であるCLTにも注目している。CLT建築がヨーロッパで建ち始め黒船のように日本へ入ってきてから20年近くが経つ。続々とCLT建築が建ち上がるヨーロッパに比べ日本での実現が遅れてきたことには日本的な感覚が背景にある。

西洋ではCLTの軽さやCO2排出量を理由にCLTを採用し、施工性や法規のために躯体と仕上げを分け、CLTの上に石膏ボードや外装材を貼る。一方、木に深い愛着を持つ日本になると、木をあらわしにして金物は見えないようにしたいと思考が進み、建物の実現には時間がかかってしまう。このことをCLT関係者は嘆くが、新しい技術を独自に発展させようとする姿は歴史的に見てもいかにも日本らしい状況で素晴らしいことではないかと感じている。昨今ヨーロッパでは日本の影響を受けてCLTをあらわしで用いる建築が現れてきたと聞く。各地域の風土や文化、技術を取り入れてCLTも世界で発展をし始めている。

そのような時代の中で私たちもCLTを意識して使用するようになった。CLTは木を使っているという単純なノスタルジーにとらわれることなく、空間性を追求することができる素材なのではないかと考え始めたからだ。量塊としての存在感が持つプリミティブな部分や、新しい技術によって作られているが木の利点も欠点も残している素直さにも魅力を感じている。

日本では木造建築が長い歴史を経て技術を発展させ伝統文化となり、人と精神的な深い結びつきを持つまでになった。そのような社会で木造の伝統文化とCLTを自分たちなりに結びつけ新しい到達点を見つけたいと思っている。

近い未来にAIが生活に入り込み、専門性が一般に開放され人間の叡智にすぐリンクできる便利で自由な時代が来る。素晴らしい未来であることは間違いないのだが、常に更新され続ける社会に人間として「情緒」を感じることができるのかが想像しにくい。文化に結びついた新しい木造建築によって人が他者(人や自然)とゆったりと時間を共有でき、「情緒を育む建築」が作れるのではないかと考えている。

木の文化とともに育んできた日本的な情緒を次世代へ繋ぎ、懐かしい未来を感じられる建築があったら良いと考えている。そのような豪華な建築を設計したいと思っている。

人間としての大切な機能を失わないための行為である。

UENOA architects / 長谷川欣則 + 堀越ふみ江

【写真キャプション】
©Hiroyuki Hirai

001_空間を柔らかく包み込む架構
002_CLTと流通材が作り出す反復美
003_構造と意匠の両義性をCLTのデザイン
004_架構形状と余白
005_ワークショップで育てた在来種の木々が成長してきた様子

 

長谷川 欣則 / Yoshinori Hasegawa
埼玉県小川町生まれ
2004 明治大学工学部建築学科卒業
2006 明治大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了(田路貴浩研究室)
2006 西沢立衛建築設計事務所
2008 岡田公彦建築設計事務所
2013 UENOA architects 共同主宰
2018 東京藝術大学 助手
2020 東京藝術大学 特任講師
2021 関東学院大学 非常勤講師
2021 明治大学 兼任講師

堀越 ふみ江 / Fumie Horikoshi
栃木県生まれ
2003 法政大学工学部建築学科卒業(富永譲研究室)
2003 KTA一級建築士事務所
2008 日本設計
2013 UENOA architects 共同主宰
2016 東京大学大学院農学生命科学研究科修了(稲山正弘研究室)
2020 工学院大学非常勤講師 / 足利大学非常勤講師
2021 関東学院大学非常勤講師

【受賞歴】
2019 第22回 木材活用コンクール / 木材活用賞
2019 第47回日本建築士会連合会賞 / 奨励賞
2019 JIA日本建築家協会優秀建築選2019 / 優秀建築選
2019 第29回日本建築美術工芸協会賞(AACA賞) / 優秀賞
2019 JAPAN WOOD DESIGN AWARD 2019 / 入選
2020 Dezeen Awards 2020 / Longlists
2020 Design for Asia Awards 2020 / 環境デザイン部門金賞 スペシャルメンション大賞
2021 寄居駅南口駅前拠点施設設計業務公募型プロポーザル / 二等
2022 日本建築学会作品選集新人賞
2024 第44回日本建築学会東北建築賞 / 大賞